日本で活躍する韓国人アーティストが数多くいる中で
K-POP人気を牽引してきたと主要アーティストと言えるのは
東方神起ではないでしょうか。
2003年に5人で東方神起結成、2004年韓国デビュー、
2005年日本デビュー。
韓国・日本でも大人気となっていた東方神起の5人でしたが、
2009年7月末、ジェジュン、ユチョン、ジュンスの3人が
所属事務所SMを提訴したことにより、
2010年4月、5人での活動が無期限休止されてしまいました。
東方神起は解散という形は取らず、
2011年1月以降はユンホとチャンミンの2人で
東方神起の名前のまま活動を続けています。
東方神起5人での復活を熱望する声
人気絶頂だった5人での復活を願う声は2010年の活動休止から
長年たった今でも根強くあるようです。
「5人が揃った東方神起が観たい」「昔の曲を5人の完全版でもう一度聞きたい」
と夢を抱いている人は多いですね。
そのため、5人の分裂以降に何度となく週刊誌などで「復活する動きがある」
など噂が話題に上がってきました。
こんなにも熱望の声がある中、なぜ今まで復活がなかったのでしょうか?
5人での復活が今までなかったワケ
そもそも5人が3人組と2人組みに別れてしまったのはなぜでしょうか。
結成から6年後、3年間にわたる分裂に向かう複雑な期間がありました。
時系列で見ていきましょう。
<1年目>
2009年7月、3人(ジェジュン、ユチョン、ジュンス)が
契約内容を不服として事務所を提訴
同年9月
裁判所が3人に対し所属事務所SMとの和解を模索するよう
提案したものの結果叶いませんでした。
同年10月
専属契約効力停止仮処分申請の判決が出たことにより、
本訴訟の判決が宣告されるまでの間は専属契約の効力が停止に。
つまり訴訟を起こしていない残る2人ユンホとチャンミンも
東方神起として活動できなくなってしまったのです。
なぜか3人は本訴訟を提起することなく、個人活動を開始してしまったのが
泥沼の始まりとなりました。
まだ5人での東方神起の活動がどうなるのか決まってなかった中、
3人は新事務所C-JeSエンターテイメントのマネージメントの元
活動が活発となっていきます。
日本での活動はエイベックスが担っていました。
2010年4月
5人の東方神起の日本活動休止を発表したのち、
離脱の3人とエイベックスが専属マネジメント契約を締結します。
<2年目>
韓国ででた報道、3人の事務所C-JeSエンターテイメントの代表者が、
「暴力団幹部の経歴をもつ父親の威力を背景に担当アーティストを恐喝」
「強姦罪の有罪の前科」という過去があると取りざたされます。
日本のエイベックスも対応を迫られます。
かつ前年から続くSM訴訟問題が好転する見込みもないことから、
2010年9月、エイベックスは3人の日本における活動休止を発表しました。
もともと5人でのツアーなど先の計画されていた活動予定が決まっていたのが、
裁判をきっかけに白紙となり、元の事務所SMと日本のエイベックスと
かなり損失を被ったはずですよね。
2010年10月
3人はグループ名を「JYJ」として正式に韓国での活動を始めます。
2010年11月
事務所SMはもう5人での活動を再開することは無理だと断念。
ユンホとチャンミンだけで東方神起の活動を再開することを発表しました。
エイベックスはSMとの関係を修復し、2人の東方神起の日本での活動を
支援することを表明しました。
<3年4ヶ月後>
提訴から3年後、2012年11月、SMとJYJの法廷争いにようやくピリオド。
裁判所で任意調停を通じて、SMエンターテインメントとJYJメンバー3人は
仮処分申請日時である「2009年7月31日をもって契約終了した」、ということにしました。
また関連したすべての訴訟は取り下げて、以後「お互いの活動を干渉しない」
という内容の合意書を締結に至りました。
東方神起5人での復活の困難さ
2012年に裁判は終息を迎えましたが、3年を超える訴訟期間の間に、
東方神起の事務所SM、JYJ事務所C-Jes、日本のエイベックスと
3社を巻き込んだ大きな問題へと膨らんでしまいました。
現在も東方神起の2人とJYJの3人はそれぞれ活動を続けていますが、
「お互いの活動を干渉しない」という合意がありますし、
3つ全ての事務所が溝を埋めて協力して、5人で活動を復活させる、
というのはかなり困難に見えますね。
希望を捨てずに待っているファンがいる限り、復活の話題はまだまだ続きそうです。